ご利用者の声

 

しものせき脳神経外科クリニック 江口裕規先生

2012年7月に、『しものせき脳神経外科クリニック』を開業された江口祐規先生にお話を伺いたいと思います。早速ですが、江口先生は何故ご開業に踏み切られたのですか?

先生
今まで、自分なりにやれることはやってきて評価もされてきました。
ただ、このペースで死ぬまで医者ができるかと考えたときに無理だと思いました。
開業を決意したのは49歳でしたが、その時、私には2つの道がありました。
病院で管理職を続けるか、開業するかです。自分のやりたい脳外科医としての診療がありましたが、病院では実現が出来ませんでした。それならば(開業して)自分でやりたい事をやる。こうしたいと思ったことが実現出来る。当たり前のことですがそっちの方が自分にあっていると思ったのです。

開業と言っても、たくさんの準備やご苦労があったと思います。
最も大変だったことはどんなことでしょうか?

先生
『ありません』なんていうとね(笑)嫌味に聞こえるかもしれませんが、開業当初から患者さんがすごく多くて、どうやって診ていくかに苦労しました。もう一つは、私は医者になって1日も休んだことがありませんでしたが、開業して1週間休みました。実は網膜剥離の手術です。1週間休んだが問題はありませんでした。

全部自分の責任ということですものね。でも、そうやって患者さんが来られることはありがたいですよね。

開業に関して、コンサルティング会社からの協力もあったということですが、協力を得て助かったのはどのような点でしょうか?

先生
我々は医療に関しては詳しいかもしれないが、開業はコンサルテーションがキーとなります。
実は開業するときに他の会社とも話しました。自分のイメージに対する反応の速さが他とは違いました。恐らくですが、もう完成形までの道筋が出来上がっているのです。今までの成功体験があるから、『この場所で、この診療科だったらこうしたらいい』が出来上がっているのです。。

先生
実は開業して8年目になるのですが、いまだに相談しています。この立場になると、率直に意見をくれる方が居なくなってくるのです。その中でアドバイスをくれる1人なのです。もう、家族の様な存在ですね(笑)
自分のやりたいイメージを形にしてくれた会社です。

なくてはならない存在になっているのですね。

最後になりますが先生が目指している今後の目標を教えてください。

先生
私は年齢でいったら最後の締めに入っています。
『しものせき脳神経外科クリニック』と名付けましたが、この下関地区でその名前を付けるのは冒険がありました。でも、思いがあったので付けることにしたのです。
近年は脳神経外科をやる医師が少なくなっているのに患者が増えています。医者が少ないと質も下がってきます。そこで、地域の医療を底上げしようと思いました。総合病院では患者さんが委縮して聞けないような場合でも、地域のクリニックでは聞くことが出来ることもあります。総合病院と同じように先端治療は変えずに医療のことを考えながら患者さんに分かり易く説明します。下関で医療を始めて四半世紀になります。最後の恩返しとして、先端の医療を患者様へ伝えていきたいと思っています。

しものせき脳神経外科クリニック

平成24年9月 開院
診療科目:脳神経外科全般 一般内科など

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しのはらクリニック院長 篠原正博先生

今回は、2016年に下関市で継承開業をされました、篠原正博先生にお話を伺ってまいりたいと思います。早速ではありますが、開業のきっかけを教えてください。

先生
元々は外科医なので年齢がある程度くればいつかは引退の道があると考えておりまして、そんな時に、継承開業の話があったので、第二のステージである開業に踏み切ろうと決意致しました。実を言うと、お話をいただいた際に、私は副院長という病院経営などの重要な職に就いていたので、いい加減なところで辞められないという思いもあり、決断までは2年間かかってしまっています。

そういったきっかけで、開業に踏み切られたのですね。その一連の開業を決められてから動き出すまでの間で苦労したと感じる点はどのようなところですか?

先生
プレッシャーや、自分の気持ちだけでは動くことの出来ないジレンマを強く感じた点かと思います。先ほどお話したとおり、開業のお話をいただいてから決断するまでに2年も掛かっており、継承する立場の赤星先生からは本当に継承してくれるのかと心配をかけたと思います。勿論、返答が遅れたのには理由がありまして、当時勤めていた病院の進路方向が揺れ動いている真っ最中だったからです。その中で私の上司である教授が病院長に就任されたことで、責任が少し減り、開業に踏み切ることが出来ました。

そういったご苦労をされての開業だったのですね。それでは、逆に開業して良かったと思う点はどのようなところでしょうか?

先生
開業してからは、自身の生活リズムも整い今まで食べられないこともあった昼食が12時40分に食べられることが嬉しかったです(笑)また、様々な病院を回っても治らなかった患者さんを自身の診断/治療で治すことが出来た時は開業をして良かったと感じ、患者さんにも非常に感謝され、非常に嬉しく思いました。

では次に、ご開業の際に、コンサルティング企業からの協力もあったかと思いますが、その内容についても詳しくお伺いしても宜しいでしょうか。

先生
開業の際には、非常に助けられました。開業に関するスケジューリング、広報活動、人事面等でも細かいアドバイスがあり、素人の私でも助けて頂いて順調に滑り出せたと思います。開業から現在までの間に、看護師が1名辞められた際も、相談するとすぐに動いていただけて優秀な人材を見つけていただきました。

それでは最後に、今後、開業を考えていらっしゃいます先生方へアドバイスをお願い致します。

先生
流れの早い医療情勢の中で、自分が役に立つ場を見つけることが一番大切です。是非、私のように良いパートナーとタッグを組んで新しい分野で活躍をされて下さい。

本日は貴重なお話をありがとうございました。しのはらクリニック院長 篠原正博先生でした。

しものせき脳神経外科クリニック

平成28年4月 継承開院
診療科目:消化器科、外科、肛門科、腫瘍内科、疼痛緩和内科

 

かわい泌尿器科クリニック院長 川井禎久先生

今回は、2018年5月に山口県防府市で「かわい泌尿器科クリニック」をご開業されます、川井禎久先生にお話を伺ってまいりたいと思います。早速ではありますが、開業を目前に控えた、現在の心境を教えてください。

先生
2002年に山口大学泌尿器科に入局してから、非常に幸運なことに海外留学や多くの手術を経験させていただき、本当に充実した医師人生を送ることが出来ました。そんな、日々の中で自分を必要としている患者さんに、自分が納得のいく医療を、自信を持って提供したいという思いが強くなり、今回の開業を決断致しました。いよいよ、自分の理想の医療行えるという『期待感』は勿論ですが、不安感も同時に感じております。

先生の優しい思いがひしひしと伝わってきますね。そんな川井先生ですが、前職をお辞めになり、開業医の道へ進むと決断するきっかけは何だったのでしょうか。

先生
医者人生を65歳で定年と考えると残された時間は意外にも少ないということに気付き、区切りのついた40歳というタイミングで、今後の医者人生をどのような路線で進んでいくかについて考えました。色々な進路を考えてはおりましたが、開業の路線を選んだ理由としては、自分を必要としてくれる患者さんに、近い距離で患者の期待以上の医療を提供することにやりがいを感じたから。また、地域に根付いた医療で、末永くお付き合いしていきたいと考えたからです。

強い思いを持って、開業を決断されたかと思いますが、開業までの道のりは色々大変なことも多かったのでは?と、思います。特に印象に残っているのはどんなところでしょうか。

先生
開業の際しては、金融機関や建設会社等の多種多様な業界の方々と、条件などを含めた多くの交渉をする必要がありました。勤務医を続けながら、これらをこなしていくことが、非常に大変だったと感じております。

影で色々なご苦労をされていたのですね。そんな、開業までの流れの中で『いちのみや薬局グループ』といった企業からの協力もあったと伺っておりますが、協力を得て助かったと感じる点はどんなところでしょうか。

先生
開業というのは、勤務医にとっては、全く知らないことの連続です。特に、自分のできる範囲と夢とのギャップ、そういった部分に関して、迷惑に思われても仕方がない位、相談させていただきました。その度に頂けるアドバイスは、多数のクリニックを手掛けているだけあって、成功経験に裏打ちされており、非常に支えとなりました。毎回、親身に話を聞いて下さり、自分が期待する以上の成果(条件面の交渉など)を示していただいたことに、感謝しております。また、お互い利益関係にはありますが、それを超えた人間同士の絆を確かに感じております。開業までは孤独な戦いで、誰を信じていいか分からなくなった時もありました。そんな、孤独を感じている中、いちのみや薬局との出会いがなければ、開業までたどり着いくことはできなかったと思います。

本日は貴重なお話をありがとうございました。かわい泌尿器科クリニック院長 川井禎久先生でした。

かわい泌尿器科クリニック

平成30年5月 開院
診療科目:泌尿器科

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